父を刺した記憶がリアルにある。肉に入っていく包丁が骨に阻まれる感触も・・・ → なのに俺は、何事もなかったかのように今を平穏に暮らしている・・・

昔、親父の愛人に誘拐されたことがある。

俺は小6で、日曜日に図書館に行く途中、無理矢理車に押し込められた。

驚いて

「いやいやいや……え?何?」

みたいなことしか言えなかったけど、中途半端に田舎だから仮に声を上げても誰も来なかっただろう。

そのままどこかの掘っ立て小屋(割りとしっかりしてた)に連れていかれて、

「あの人(親父)はどこなの?」

「あなたがいなければ」

とか質問責めにされた。

ただ、親父は行方不明でずっと家にはいなかったし、何も答えられなくて困った顔するしかなかった。

相手も情緒不安定だったのかずっと泣いてたし、本当に俺をどうこうしようなんて思ってなかったのかもしれない。

夜には諦めて帰してくれた。

誘拐って言っても半日位だし、周りに迷惑掛けると思い込んでたから誰にも言ってない。

ただ、相手も追い詰められてたんだろうな、と哀れに思った。

ここまでが前提。

本当に墓場まで持っていくつもりなのは、俺が親父を刺した記憶があること。

誘拐の件よりも多分数年前、夏休みが始まって少したった頃。

昼寝から目が覚めて、喉乾いたから洗面所に行ったら、親父がいるのが見えた。

その時ふっと思い立った。何を考えたのかは覚えていない。ただ使命感のようなものに駆られて、台所に戻って出刃包丁を持ち出した。

足音を立てずに親父の背後に回ると、俺は親父の背中に駆け寄った。

包丁を縦に構えたまま。

親父が振り返った瞬間、顎にシェービングクリームがつけて目を丸くしている顔が、俺の記憶にある最後の親父。

俺が覚えてるのはそれだけ。後は前述の誘拐事件までほとんど記憶が無い。

何かの記憶が錯綜してたり、刷り変わってる可能性もある。ていうか、多分そっちの方が高い。

でも確かに肉に包丁を刺して、骨に阻まれる感覚とかはリアルに覚えてる。

事実だとしたら、どうして俺が少年院にも行かなかったのか謎だし、親父の愛人にも申し訳ない。

妄想だとしたら、俺は親父を殺す妄想を真実だと思い込むような人間ってこと。それこそ感触まで再現出来るほど。

どちらにせよ誰にも言えない。

母さんが死んで4年経つけど、一度親父の行方について聞いてみれば良かった。

「愛のコメント」

確かに謎ですね。